あれから数週間経った今、俺と女の関係は微妙に変化していた 例えば、委員会の仕事、部活動、昼食 何から何まで俺に付きっ切りだった女が、少しずつ、少しずつではあるが確実に俺を頼りにする回数が減ってきている 男「あ、女…一人でそんなに持ち切れないだろ、手伝おうか?」 女「いや、大丈夫だ…このくらい、一人で出来る」 手を差し伸べようとする俺を、やんわりとであるが拒否する 本来なら喜ばしい事ではあるだろう、俺を離れ自立しようとする姿を、応援すべきだ、見守ってやるべきだ でも、本当はまだ、一人は怖いんだろう、遠ざかっていく女の足は、小刻みに震えている そんな無理しすぎてる姿、見たくない 友「最近あんまり女ちゃんお前にくっついてこねぇなー、喧嘩でもしてるのか?」 男「ん、いや…」 友「ふ〜ん、何があったか知らねぇし聞く気もねぇけどさ、大事にしてやれよな」 男「あぁ…」 そんな事、わかってる…! わかってるけど、向こうが俺を拒絶してるんだよ どうしろってんだよ、クソ…! [] あれからさらに数週間、女は明ら様に俺を避け始めるようになる まるで以前の、まだ俺にベッタリだった頃他人に取っていたような態度 声をかければ背を向けて逃げ出していくし、触れようとすれば小さな手で跳ね除けられる その度、胸のあたりにチクリとした小さい痛みが走る 酷く、イラつく 友「なぁ…お前等ホントにどうしたんだよ、全然話しもしてねぇみたいだし」 男「うるっせぇな、知るかよ、大方他に好きな奴でも出来たんだろ」 友「それ、本気で言ってるのか?あれだけお前を好いてた女ちゃんがそんなわけ…」 男「うるせぇっつってんだろうが!てめぇに何がわかんだよ!」 つい、意味もなく何も知らない友人に向かって怒鳴り散らしてしまう 酷い八つ当たりだ、格好わりぃ 知人に対してここまで荒れた自分を曝け出すのは初めてだ 目の前の友人も俺が大声を上げたのが余程意外だったのか目を丸くしてしまっている だけどそれでも、何も知らない癖に無神経に人の心に土足で上がりこんで来られた気がして、イラつきは加速してしまう 男「向こうから拒絶してきたんだ、俺が知るかよ…!」 友「んだよそれ、どういう事だよ、説明しろ、産業で」 少し険悪な表情になった友人に、これまでの経緯を簡単に説明してやる 俺の言葉が進むたびに、どんどん友人の顔が険しくなっているのは気のせいだろうか 男「―――というワケだ、向こうが拒否ってくるんだ、俺にゃどうしようも…」 友「分かった、話は分かった、取り合えず一発殴らせろ…!」 俺の台詞に被せて来る友人の言葉を最後まで聴かない内に、左の頬に鈍く重い衝撃が襲ってくる 無様にも尻餅をつく、口の中に鉄の味が広がる、奥歯も…折れたな、こりゃ 男「てっめ…!何しやがる!」 友「お前はとんでもなく大馬鹿みたいだからな、少し血ぃ抜いた方が考えも冴えてくるだろ」 男「こンのやろ…!ぶっ飛ばす…!」 放課後の屋上で、二人の男が大乱闘を演じ始めた [] あれから、どれだけの時間殴り合っていただろう 顔は痣と血だらけ、拳も傷だらけ、空を見れば既に夕雲が立ち込めている 男「はぁ…はぁ…」 友「ぜっ…はっ…」 どちらからともなくコンクリートの床に倒れこむ、お互いもう体力の限界だ、 今すぐ立てと言われても少し厳しいかもしれない 友「ど、どうだ…頭に昇りすぎてた血、少しは下がったか」 男「下がるどころか…一気に低血圧になりそうなほど血が外に出ちまったんだが…?」 友「お互いにな…ハハッ」 ついつい、先程まで殺す勢いで殴り合ってた相手と笑いあってしまう なんだこの青春ドラマ、今時三流のシナリオライターでも書かねぇよこんなプロット 友「なぁ、男ぉ…女ちゃんと、ずーっとあんなままでいいのかよ」 男「良くない…」 友「女ちゃんもさ、ただ、将来お前と離れちまうのが怖くて、寂しくて、あんな態度取ってただけだろ?」 男「だろうな…」 友「だったら、お前のやるべき事は一つだろう?」 男「…」 友「ま、こっから先はお前次第だよ、おー、全身がいてぇ、俺は帰るぞ」 友人が血塗れの身体をヨロヨロと立ち上がらせ、屋上を去っていく あいつが残した言葉、俺の、やるべき事… 派手に喧嘩をして派手に血を流したのが良かったんだろうか、頭が非常に冴え渡っていく つい数時間前までどんな公式より難解だった自分の胸のイラつきの原因も、俺の、やるべき事にも、簡単に考えが巡って行く そうだ、何で気付かなかったんだ、俺は女に拒否されて、拒絶されて、凄く寂しかったんだ、悲しかったんだ 俺も、女と一緒だ、女が、好きだ、あいつが居ないと、俺もダメだ そう思い至ると、行動は早い、悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、駆け抜ける 話を聴いてくれなくて構うもんか、それなら聞いてもらえるまで叫び続けるだけだ 拒絶されたって構うもんか、それなら心を開いてくれるまで叫び続けるだけだ その時は、最後まで足掻け俺! ぼろぼろで、みっともなくて、バカにされるかもしれないけど 多分、その方が…カッコいいから! [] 非常に神経と体力を磨り減らした自分の体をベッドへ投げ出し、物思いに耽る 考えるのは、男の事ばかり 今日は何回男の言葉を無視してしまった、何回男の手を跳ね除けてしまった、そんな事ばかりだ これじゃ、嫌われちゃうよね、でも…これから話をした分、触れ合った分、離れるときが…きっと辛いよ 女「寂しい…よぉ…男ぉ…」 一ヶ月近く前、自分で言い出した決別 あの時から、決めてたのに、男の事でもう泣く事はしない、と こんなにも自分は弱いのか、たった一ヶ月傍に居なかっただけで、これほどまで苦しいのか 別れの時が来たら、一体どうなってしまうのか 「…んなぁぁぁぁぁぁ!!」 窓の外から微かに聴こえる男の幻聴、自分は相当重症だな でも、幻聴でも、幻覚でも、なんでもいい 女「ずっと、ずっと一緒に居たいよぉ…男ぉ」 「…ぉんなぁぁぁぁぁぁ!!いるんだろぉぉぉぉ!!出てこぉぉぉぉぉい!!!」 先程よりも確かに、ハッキリと聴こえる男の声 これは…幻聴じゃ、ない? 慌てて窓へ駆け寄ると、居た 息を切らして、全身痣や血でぼろぼろ、満身創痍という言葉がぴったりな状態の…愛しい人、大好きな人 男「やっぱいるじゃねぇかよ!一回しか言わないから聴け!女ぁぁぁぁぁ!!」 周りから浴びせられる好奇の視線なんぞ気にもせず、男は叫ぶ 無理しちゃダメだよ…身体、そんなにぼろぼろなのに、声、そんなに掠れてるのに…! 男「俺もお前と同じだぁぁ!!お前が居ないと何もできん!!何もやる気になれん!!俺にはお前が必要だ!!!」 男「だから!!!お前が何と言おうと!!周りが何と言おうと!!!俺はお前を連れて行くぞ!!俺の夢に、俺の一生に付き合ってもらうぞ!!」 女「…っ!!」 男「夢…追っかけながらだから、貧しいかもしんないけど…高校出たら結婚しよう!!女ぁぁぁぁぁ!!」 それは何と不器用で、暑苦しくて、古臭いプロポーズ でも、それでも私は、私は…! 女「う、嬉しいぞ!男ぉぉぉぉ!!」 男「ちょ…!!おま、そこ二階…!」 あまりの嬉しさに我も忘れ、ついつい眼下の男に向かって大ジャンプ 大丈夫、いつも私は男に守られて来たんだ、今回もきっと、受け止めてくれるよ 男「どわっ…!」 私をキャッチする事に成功したものの、勢い余ってもつれ合うように地面を転がる私達 唖然とした表情で私を見る男、多分…後で怒られるなぁ 男「無茶しすぎだバカ!怪我でもしたらどうすんだよ…!」 女「怪我だらけの男に言われたくない…!あんな事言われたら、嬉しくて、我を忘れるのも当然だろう…!」 男にしがみついて、男の匂いを、男の体の大きさを感じた途端に、今まで抑えてたモノが堰を切ったように溢れ出す 女「寂しかった…寂しかったよ…!男ぉ!」 男「俺もだ、バカ…!」 女「離れたくない…一緒に居たいよぉ!」 男「さっき言ったろうが、お前が何と言おうと絶対俺はお前を離さん…一生俺に付き合って貰うってな…!」 女「で、でも…男には夢があるだろう…男の足枷にはなりたく…」 男「それもさっき言った!お前が居ないと何もやる気にならねぇんだよ!お前が居ないほうが枷になるっての…!」 男「ずっと一緒だ、嫌がったって引きずってでも連れてくからな…!」 女「お、男ぉぉぉ!」 片や血塗れでグシャグシャの顔 片や涙でグシャグシャの顔 それでも私達は、笑いあった 一ヶ月前の、あの時みたいに [] 友「お…!?おはよー女ちゃん、とついでに男」 女「プルプル…お、おはよう」 男「俺はついでかコラ」 ちょっと前までいつも通りだった風景 俺が居て、俺の背中に、女が張り付く…そんな姿を見て、友人はボロボロの顔でにんまりと笑う、ちょっときめぇ 友「上手く行ったのか、良かったじゃん」 男「まーな、誰かの強烈な一撃のおかげかも、な」 友「おーおー、そりゃよーございましたね、俺もどっかのヘタレをブン殴った甲斐があったってもんだ」 豪快に笑い飛ばし、女を怖がらせないように足早に立ち去る友人 クソ、昨日はあんなすげぇ剣幕だったのに今日はこれか、切り替えの早い奴め 女「お、男、もしかしてその顔の怪我って」 男「おー、ちょっとあいつと大立ち回りを演じたんだよ昨日、お前ん家行く前に」 女「そんな、友達とは仲良くしなきゃダメじゃないか…どうして?」 お前の事でだ、とは口が裂けても言えない あんな暑苦しい青春ドラマなんざ人に聞かせられるようなもんじゃないし、聞いたら多分こいつ気にするし いや、それよりもだ 男「なぁ女、いい加減俺の背中に張り付くの辞めないか?」 女「…?どうしてだ?」 男「いや、こないだまで一人で大丈夫だったんだし、別に張り付いてなくてもいいだろ?」 女「あ、あれは相当無理をしてたんだ!本当に大変だったんだぞ!」 男「だけどそんなんじゃ、本当に俺と離れなくちゃ行けない時大変だぞ」 少し意地悪な笑みを浮かべながらからかってやると、女は少し考える素振りを見せて 満面の笑みで、抱き付いてきやがった…皆見てるだろうが 女「大丈夫だ、男は私自身と、私とした約束は絶対に守ってくれるから」 男「あー、確かそんな事も言ったな昨日、しまったなぁ」 女「しまったとは何だ男!今更訂正は効かないからな?」 男「はいはいへぇへぇ、精々頑張りますよ〜」 女「はいは一回だろう」 多分、俺達はこんな調子でこれからも笑いあって歩いていくんだろう 二人一緒に、夢を追い続けながら 〜おしまい〜