*chapter02|日常 [cm] ;自由行動の選択肢で使うフラグの初期化 [eval exp="f.saika = 0"] [eval exp="f.ichiro = 0"] [eval exp="f.minami = 0"] [eval exp="f.reishu = 0"] [position layer="&tf.main_message" page=back left=0 top=0 width="&kag.scWidth" height="&kag.scHeight" frame=""] [layopt layer="&tf.main_message" page=back visible=true] [current layer="&tf.main_message" page=back] [nowait] [locate x=295 y=230] [font face="MS 明朝"]第二章「日常」[resetfont] [endnowait] [trans time=2000 method=crossfade] [wt] [wait time=1000] [backlay] [layopt layer="&tf.main_message" page=back visible=false] [trans time=2000 method=crossfade] [wt] *scene01|世界の成り立ち [cm] @messwindow visible=true [current layer="&tf.main_message" page=fore] [wait time=200] [delay speed=user] 授業がはじまっていた。[plc] 黒板の前に立った中年の男性が、熱心な仕草と目付きで教鞭をふるっている。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「―――と、まぁ、紆余曲折ありすぎてこの辺りは諸説分かれるそうだが、とにかく、『大戦』は終結した」[plc] 今は世界史の授業。[plc] とりわけ、もっとも重要視される“この世界の成り立ち”だ。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「そうして、あとは暴れた分のツケを全員が払うときだ。知っての通り、二つの精神の提唱が受諾された」[plc] [ruby text="コ"]多[ruby text="モ"]存[ruby text="ン"]種と[ruby text="アン"]希[ruby text="コ"]少[ruby text="モン"]種。[plc] その中に属するすべての種族が入り混じり、血で血を洗った乱世の時代。[plc] 地獄と言えるその時代を生き抜いた人々は、二度とそんなことを起こさぬよう、己が胸に誓いを立てた。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「それが≪[ruby text="ノー"]け[ruby text="ブ"]っ[ruby text="ラ"]し[ruby text="ッ"]て[ruby text="ド"] 否[ruby text="ノー"]定[ruby text="ク"]し[ruby text="ラ"]な[ruby text="イ"]い≫と ≪[ruby text="ゴー"]道[ruby text="バ"]筋[ruby text="イ"]に[ruby text="ウ"]沿[ruby text="ェ"]っ[ruby text="イ"]て≫だ」[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「お前たちの耳にも届いてるように、[ruby text="い"]現[ruby text="ま"]代の平穏は、それで保たれている」[plc] ≪けっして否定しない≫。[plc] 価値観の相違を、目の前にあるすべてを、≪けっして否定しない≫という精神。[plc] どこか自己矛盾を起こしている言葉はしかし、同時に奇跡も起こしたといえた。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「今の世の中は平穏そのもの。まぁ、もともと価値観がのっけから違う連中ばかりだから、当然といえば当然だ」[plc] 種族の違いによっての価値観の相違。[lr] それは時に大きなすれ違いを呼ぶが、大抵は不干渉という平成をさずけてくれる。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「とはいえ、その価値観の相違だけじゃ、人は生きていけない。だから≪道筋に沿って≫の精神も提唱された」[plc] ≪道筋に沿って≫。[plc] 価値観も生活のうえでの相違も大きい種族たちをまとめあげる、もう一つの精神。[plc] 道が同じになることもない彼らと、それでもその隣り合った≪道筋に沿って≫。[plc] そんな願いがこめられた、優しげな精神の提唱。[plc] 今の社会のありかたの根源。[plc] その根源の説明を、先生は流暢に語る。[plc] きつねを思わせる細い目は、どことなく輝いているようだった。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「古人曰く―――」[plc] 先生は一拍を置いて、つづけた。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「『いつの時代のものでもよい。世界地図を広げたとき、そのどこにも戦争、紛争、対立の示されていない地図など例外中の例外である』」[pln] 「というありがたいお言葉があるが、[ruby text="こん"]今[ruby text="にち"]日においては、 このお言葉は[ruby text="・"]お[ruby text="・"]じ[ruby text="・"]ゃ[ruby text="・"]んになるわけだな」[plc] その例外がすべてになってしまった、別の古人の言葉を借りるなら『すでに完結した世界』。[plc] それが僕らの住まうこの星、その昔、[ruby text="ファー"]荒[ruby text="マー"]人と呼ばれる人々が作り上げた[ruby text="・"]文[ruby text="・"]明[ruby text="・"]だ[ruby text="・"]け[ruby text="・"]を[ruby text="・"]残[ruby text="・"]し[ruby text="・"]て[ruby text="・"]去[ruby text="・"]っ[ruby text="・"]た、[ruby text="アー"]地[ruby text="ス"]球と名付けられた場所だ。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「さて、[ruby text="ダブ"]双[ruby text="ル・"]精[ruby text="マザー"]神なんて、お前たちは聞きなれてるだろうから、今日はそこをさらに突っ込んでいくぞ」[plc] 先生は教科書を覗き込もうとこちらを振り返り、一度全員を見渡して―――眉をしかめた。[plc] @char_name exp="tf.name='教師'" 「お前ら、ひょっとしてやる気なさげ?」[plc] その問いに仲間の代弁もかねて、イチローが声をあげた。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「だって、[ruby text="や"]八[ruby text="まき"]巻先生……俺ら、もうそれ耳からタコの煮汁が出るくらい聞かされてんだよ」[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「お前の耳は土鍋でできてんのか」[plc] 世界史担当教諭にして、我らが担任・[ruby text="や"]八[ruby text="まき"]巻 [ruby text="いさむ"]勇先生は呆れはてた顔をした。[plc] しかし、まわりの人はイチローの言葉にうんうんと神妙にうなずいている。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「生まれてからずっと双精神のおかげ、双精神のおかげって言われたって俺たちには実感わかねぇし」[plc] @char_name exp="tf.name='男子A'" 「その精神だって、なんか結果オーライって感じしかしないしな」[plc] @char_name exp="tf.name='女子B'" 「そーだ、そーだ」[plc] 八巻先生が重苦しいため息をついた。[plc] その顔には、落胆の色が濃い。[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「はぁ、時代の流れだなぁ……」[plc] しかし、すぐに先生の表情はきりと引き締まった。[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「……だが! 教師生活記念すべき十周年を迎えたこの八巻 勇、そう簡単に生徒の屁理屈にゃ屈さぬ!」[plc] 今、先生の教師魂は烈火のごとく燃えていた。[plc] ―――よっ、プロ根性。[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「良いか、お前ら! 耳の穴かっぽじるついでに、タコの煮汁もその辺にうっちゃれ!」[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「そもそもだ! 双精神が尊ばれているのは、当時この精神を考え出した偉人たちの血と汗と涙と熱く哀しい戦争の傷痕がうんぬんかんぬん―――」[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「―――隣り合う誰かと○×□△ε&たるΔμがβ≒であったからで―――」[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「―――我々が荒人たちから受け継ぎし、%※がときに△¥という○ωを生み―――」[plc] 引き締まっていたはずの顔がだんだんと異常をきたし、そして禍々しい気配を帯びていく。[plc] @char_name exp="tf.name='八巻'" 「さらに、艱難辛苦たるи⊂をそれでも彼ら荒人たちは上りきりゴニョゴニョ―――」[plc] ……………………………。[plc] ちらりと目を向けると、イチローが「してやったり」と言わんばかりの不敵な表情を見せていた。[plc] たしかに、こうすれば授業なんてそっちのけで語りモードに入るからなぁ……先生は。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ホント……良くやるよ」[plc] そういうどーでもいーことにかけて全力を注ぐイチローに呆れると同時に、感心。[plc] とはいえ、もう少し先生の授業を受けたかった……かな?[plc] せっかく、[ruby text="・"]僕[ruby text="・"]の[ruby text="・"]命[ruby text="・"]の[ruby text="・"]恩[ruby text="・"]人[ruby text="・"]の[ruby text="・"]話だったわけだし。[plc] @char_name exp="tf.name='???'" 「北斗、くん」[plc] なんて考えていたときに、背中に投げられた声。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ん?」[plc] 声をかけられて振り向いた先にいた人は、妙にわたわたしていた。[plc] @char_name exp="tf.name='???'" 「あの……えっと、その、あの、えと――――あ……う……」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「どうしたの、[ruby text="くる"]来[ruby text="べ"]部さん? はい、落ち着いて。しんこきゅー、しんこきゅー」[plc] 印象も儚げながら、実像もおぼろげな彼女の名前を呼んで、とりあえず落ち着かせてみた。[plc] @char_name exp="tf.name='来部'" 「は、はい。ス〜ッ、ハーッ、ス〜ッ、ハーッ」[plc] 冗談だったのにホントにやり始めるところが、彼女の育ちの良さをうかがわせる。[plc] [ruby text="くる"]来[ruby text="べ"]部 [ruby text="れい"]麗[ruby text="しゅ"]朱。[plc] 来部財団法人の創設者・[ruby text="くる"]来[ruby text="べ"]部 [ruby text="しゅう"]修[ruby text="た"]太の孫娘。[plc] つまり、正真正銘のお嬢様。[plc] しかも種族は、[ruby text="ゴ"]半[ruby text="ー"]粒[ruby text="ス"]子[ruby text="ト"]人というかなり特殊な希少種だから驚きだ。[plc] 半粒子人は完全としてこの世界に存在できないため、少し体が透けている特徴がある。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あ、原のやつが寝てる……」[plc] ためしに体を間に挟んだ向こうを見てみたり。[plc] さらに、僕たちのような他の種族は彼ら半粒子人と触れ合うことができない。[plc] 存在を感知することが精一杯だ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「『絶世の美人である彼女は絶対に届かない隣にいる』……ねぇ」[plc] これはイチロー談だが、あながち間違っていないような気もする今日この頃。[plc] というか、この言い草こそが≪道筋に沿って≫の精神を意味するところだと思うんだけど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「イチローのやつ……」[plc] 本当は双精神を理解し、それをしっかりと受け継いだ生き方をしているくせに、口では真逆のことをいう。[plc] ああいうひねたやつだから、周りの人にひどく誤解されるんだ。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「………北斗くん、あの、北斗くん」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ん? ああ、ごめんごめん。それで落ち着いた?」[plc] 妙なことを考えているうちにぼんやりとしていたらしい。[plc] 来部さんに変な目で見ていられなきゃいいんだけど。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「はい、もう大丈夫です」[plc] まぁ、そのぼんやりした時間のおかげで、彼女も少しは落ち着けたようだ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はい、良くできました」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「いえ、あの、ありがとぅ、ございます……」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いえいえ。それで、何か用?」[plc] 声が尻すぼみになる来部さんを元気付けるようにわざと陽気に聞いてみた。[plc] すると、彼女から驚きの一言。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「あの、今朝のことなんですが」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ああ、いつものアレね」[plc] 言われて思い出す。[plc] たしかに皆がはしゃいでいる後ろで来部さんは心配そうな顔をしていたような気もした。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ごめんなさい、私が皆さんを止められれば良かったのですが」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あー、いや、別にいいよ。来部さんのせいじゃないから」[plc] 投げやりに答えると、来部さんは渋い顔をした。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「そういうわけにもいきません。北斗くんには、快適で安全な学校生活を送っていただきたいんです」[plc] ちょっとムスッとした顔で言われ、面食らってしまった。[plc] そのせいなのか、つい思ってもいないことを口にしてしまう。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それは……やっぱり、クラス委員としての義務ってやつ?」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ち、ちがいます。義務感がないとは言えませんが、北斗くんは大事なご友人ですし、それに―――」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それに?」[plc] 聞き返すと、来部さんの顔が朱に染まった。[plc] 途端、またさっきまでのように慌てだす。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「あ、いえ、あのですね。その、私の、なんというか」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「?」[plc] 言葉が出てこないのか、言いあぐねているのか、判断しにくいところだった。[plc] しかし、少しの時間をかけて来部さんは一言だけ不思議なことをもらした。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「私の、しょ、勝負どころなんです」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「勝負どころ?」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「はい」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「誰との勝負?」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「…………!!」[plc] また来部さんは顔を赤くした。しかし、今度は俯いたまま黙って答えない。[plc] ますます分からなくなる。一体何がそんなに恥ずかしいのだろう。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「…………?」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「…………」[plc] ま、いいや。[plc] 本人が話したくないんなら、僕が聞くようなことでもないんだろう。[plc] それにしても、あいかわらず来部さんは真面目な人だなぁなんて、今度は素直に感心。[plc] 僕のことなんかをいちいち気にかけているんだから。[plc] 人が良いというか、良すぎるというか。[plc] やっぱりお嬢様なんだなぁなんて、思ってしまう。[plc] そんなことを考えながら彼女を見ていたら、逆に質問された。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ほ、北斗くん、その―――お聞き、したいことがあるんですが」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん? 何?」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「仁志さんとの、ことなんですけれど」[plc] 首を傾げてしまった。[plc] どうしてこのタイミングで西院歌さんのことなんか聞いてくるんだ?[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「別に良いけど、西院歌さんがどうかした?」[plc] 聞き返すと、彼女はためらいがちにうかがってきた。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「いえ、いつもあのようにからかわれて、その、ご気分を良くしてはいないのではないかと」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「アハハハ、まぁ、いい気分はしないなぁ」[plc] 笑いながらの答えに、来部さんは安堵したらしくため息をもらしながら相槌をうった。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「そ、そうですか」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そんなことは本人にまかせとけばいいのにって思うよ」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「!?」[plc] これはまったくもって当たり前の話。[plc] 西院歌さんクラスの美人なら、すぐにでも彼氏くらい作れるんだから。[plc] いや、これは[ruby text="おと"]同[ruby text="うと"]居[ruby text="ぶん"]人としての贔屓目すぎるかな?[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「イチローも僕をからかってないで、いい加減南に―――ってどうしたの、来部さん?」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「い、いえ、その、なんでもありません」[plc] 彼女のただでさえ薄弱とした存在感がさらに希薄になっていく。[plc] 半粒子人が心身に異常を来たしたときの非常に分かりやすいサインだ。[plc] 僕が何か失言でもしたのだろうか。[plc] それとも、急に体調を崩したのか?[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「本当に? もし具合悪くなったなら、先生に言った方が―――」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「いえ、ホントに、あの、大丈夫ですから」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そ、そう……なら、良いんだけど」[plc] 彼女の意志の強い一言に気圧され、とりあえず身を退いた。[plc] まぁ、彼女の容態をさらに悪くするわけにもいかないし。[plc] まだ来部さんのことが気がかりだったが、とにかく前を向いて、いまだに熱弁をふるっている先生の言葉に耳を傾けることにした。[plc] @messwindow visible=false [wait time=1000] *scene02-1|自由行動 [cm] @messwindow visible=true [wait time=200] 八巻先生の授業は一種異様なテンションのまま終了し、体育の時間となった。[plc] しかし、授業終了後に廊下で適当な教師をつかまえて話を無理に続けていた先生は、ある種狂気の塊だったと言わざるを得ない。[plc] いや、思うにあれはもっとおぞましい何かだったのだろうか。[plc] 閑話休題。[plc] ともあれ、体育の時間なのだ。[plc] 先に行ってしまった皆をうらやましく思いながら、職員室のドアを開いた。[plc] 用件を述べ、用のある先生のもとへ歩み寄ると僕はそのご老人と言うにふさわしい人物を呼ぶ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それで教頭先生。体育の時間なんですけど」[plc] この学校の体育担当教諭の一人はなぜか教頭先生だ。[plc] そのあたりの諸事情は良く知らないが、とりあえず先生本人の希望ではあるらしい。[plc] 八巻先生のような人が世界史教諭をやっているのが謎なら、この教頭先生もひどく謎だ。[plc] 自分の席で雑務処理をしていた先生は僕の言葉に顔をあげると、あぁと合点がいったような顔をした。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「そうでした。もうしわけありません、うっかりしてまして」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いえ、それで皆はもう移動を始めてるんですけど、僕は―――」[plc] 自分のことに関するうかがいをたてる。[plc] 何故なら体育の授業は種族別に分かれ、僕自身はどの授業も受けることができるからだった。[plc] その質問を途中で引き継いで、教頭先生が答える。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「そうですね。この間はたしか水の人たちに混ざっていましたから、今日は少し特別な形をとってみましょうか」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「特別?」[plc] 僕の疑問符に教頭先生は「実は先日つくったばかりなんですよ」と言って、引き出しから一枚のプリントを引っ張り出してきた。[plc] 書いてある文字は上から、「地」「水」「空」「特」、そして最後に「先」。[plc] …………?[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「先生、これは?」[plc] 僕の困惑した声に、教頭先生はうれしそうに柔和な顔をほころばせた。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「えーとですねぇ、今日北斗くんには全部の場所を歩いてもらおうかと思いまして」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ハァ……」[plc] 曖昧なうなずきを返すと、教頭先生はそれでも先生らしい所作でプリントを指差しながら言った。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「その四つの字の上に、担当の先生の印をもらってきてください。そして最後は私に。そうすれば授業終了です」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あー、いえ、先生。そういった意味合いは分かるんですが」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「では、何か疑問でも?」[plc] 分かりにくかったですか? と不安そうな顔に一転し、皺の深い表情には年季の入った悲哀がうかがえた。[plc] 僕は慌てて言葉をつづける。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そうじゃなくてですね、先生。……これを行う意図はどこに?」[plc] わざわざ他の場所を転々とする理由も意味もあまりない気がする。[plc] そういった僕の疑問はしかし、何か辛いことを思い出したらしい教頭先生のどこか遠い目に粉砕された。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「いやぁ……。孫に『おじいちゃんの遊びはつまらない』と言われまして。私も修業をつもうかと」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「先生、意味が違うと思います」[plc] というか、僕で遊ばないでください。[plc] ;場面切り替え。廊下。 @char_name exp="tf.name='北斗'" 「しっかし、全部をまわれって言われてもなぁ」[plc] 歩きながら、ぞんざいにぼやいてみた。[plc] たしかに僕の『変身』は同じ種族に三分間しか使えないので、向いているといえなくもない。[plc] だが。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「なんでまた、今日に限って?」[plc] それは教頭先生への苦言ではなく、我が身を呪っての言葉だった。[plc] 今の僕はどこへ行くにも多少なりの諸問題をかかえていると思うのだが、さて。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「どこから行こうかなぁ」[plc] 再びぼやいて、手にもったプリントに目線を移した。[plc] *choice1|どこへ? [er] [eval exp="tf.saika ='1.西院歌さんに謝りに行こう'"] [eval exp="tf.ichiro='2.イチローに文句言ってやる'"] [eval exp="tf.minami='3.もとはといえば、南が悪い'"] [eval exp="tf.reishu='4.来部さんの具合が気になる'"] [nowait] [history output=false] [link target="*scene02-4" exp="f.saika=1" cond="f.saika != 1"][emb exp="tf.saika" cond="f.saika != 1"][endlink cond="f.saika != 1"][r cond="f.saika != 1"] [link target="*scene02-2" exp="f.ichiro=1" cond="f.ichiro != 1"][emb exp="tf.ichiro" cond="f.ichiro != 1"][endlink cond="f.ichiro != 1"][r cond="f.ichiro != 1"] [link target="*scene02-3" exp="f.minami=1" cond="f.minami != 1"][emb exp="tf.minami" cond="f.minami != 1"][endlink cond="f.minami != 1"][r cond="f.minami != 1"] [link target="*scene02-5" exp="f.reishu=1" cond="f.reishu != 1"][emb exp="tf.reishu" cond="f.reishu != 1"][endlink cond="f.reishu != 1"] [jump target="*scene02-6" cond="f.saika == 1 && f.ichiro == 1 && f.minami == 1 && f.reishu == 1"] [history output=true] [endnowait] [s] *scene02-2|自由行動・水の巻 [er] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] 水人たちの体育は分かりやすいことに一年の大半がプールで行われている。[plc] しかも、プールの場所は屋外だ。[lr] 年中無休でフル稼働しつづけるそれは、別に季節によって水温が変化したりするわけでもない。[plc] その話題で南がバカパワー恐るべしと言って、イチローと喧嘩したのを覚えている。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うわっ、プール寒そう……」[plc] 体育館の隣に面するプール付近は日陰になっており、あまり暖かくない。[plc] なんとなくジャージに身をちぢこませた僕は、小走りでプールへと向かっていた。[plc] 水人の『[ruby text="スティ"]代[ruby text="グマ"]償』は、水陸両用たる彼らこそのもの。[plc] 一日のうちある一定の時間は水をともなって過ごさなければ、肉体が悲鳴をあげるのだ。[plc] だからこそ、水人たちの体育はおもにプールでなければならないという穏やかじゃない事情がある。[plc] ―――なんて考えているうちに、プールに着いた。[plc] 僕は入り口から顔をのぞかせ、そのまま中へと入っていく。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「あれ? 前もここだったろ、北斗。どうした?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん、まぁ、ちょっとね」[plc] 濡れた前髪をかきあげながら近寄ってきたイチローに適当に相槌をうった。[plc] というか、あいつもう朝のこと忘れてる……。[plc] ちょっと不機嫌がぶり返したが、あえて無視した。[plc] ともかく、まずはやることをすませなければならない。[lr] 担当教諭のところへ向かい、紙面を見せると彼女は納得言ったような顔をした。[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「あー、教頭先生のやつね。がんばってね、喜多くん」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ア、アハハ、はい」[plc] 先生はプールからあがると、濡れた手をタオルで拭いてからプリントを受け取った。[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「―――そういえば、喜多くんは仁志さんと一緒に住んでるのよね?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はい? それが、何か?」[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「いえねー。あー、でも、そうなると仁志くんとも一緒に住んでるわけか、なるほどなるほど」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いや、あの……先生?」[plc] 一人で納得しないでください。[lr] そう思ったら、超能力か何かで伝わったのか、先生が苦笑しながら言ってきた。[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「あー、ごめんごめん。いやー、ほら今度でしょ。[ruby text="・"]ア[ruby text="・"]レ」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「アレって……あぁ、[ruby text="ツリー"]水[ruby text="マンタ"]都のセレモニーですか」[plc] 陸と海辺の両方を定期的に行き交わなければならない水人にとって、交通の便は生死にかかわる。[plc] その便の良さと“水との戯れ”をテーマにして創られたニュータウン。[plc] 水の上を一本の樹木が這うような形で設計された都市。[plc] 通称、[ruby text="ツリー"]水[ruby text="マンタ"]都。[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「そうそう。それで、たしか仁志さんのお兄さんは、それの設計に携わってるんじゃなかった?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「……あぁ。そういえば、そんなこと言ってたかもしれません」[plc] それのおかげで当日はタダでセレモニーに参加できるとかなんとか。[plc] ん? じゃあ、今日乃兎さんがはやく出たのは、それの会議か何かなのかな?[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「私もねー、あそこのお家に引っ越そうか考えててねー」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はぁ、そうですか」[plc] @char_name exp="tf.name='水人担当教諭'" 「そうそう。だから、そのときはお兄さんによろしくねー」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「別に僕の兄ってわけでもないですよ。実質の保護者なだけです」[plc] 愉快そうに笑う先生から簡単なサインを済ませたプリントを返してもらった。[plc] これであとは水人の授業を軽く聞いていくだけだ。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「おい、ほくとー。お前も水球混ざってけよ」[plc] 季節は秋の終わり。[l]冬も徐々に近づいているにも関わらず、彼らはひどく元気がいい。[plc] 水人の特徴たる全身を覆う微量の膜が、彼らを極寒のような水の冷たさから守護しているためだ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ちょっとまってー、今、考え中ー」[plc] 別に変身して少しの間、混ざっていっても何も問題はないのだが。[plc] 僕は今日水着や着替えを持ってきていない。―――残念だけど、却下だ。[plc] 人並みに、今は寒いし。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん、ごめん。イチロー、やっぱり今日は―――」[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「あ、やべ!?」[plc] @char_name exp="tf.name='女子B'" 「あー、ボールがー。よけてー、ほくとーん」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「え?」[plc] ばっちぃぃぃぃん!![plc] 人並みに痛そうな音がした。[l]もちろん、人並みに痛かった。[plc] そして、痛ましいほどの静寂がプールを包んだ。[plc] 僕はぎろりと顔の向きだけを変える。[lr] そこにはボールを投げたままの体勢でかたまったイチローの姿があった。[plc] ……………。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「………あ、いや、待て。不可抗力だ。っていうか事故だ事故」[plc] @char_name exp="tf.name='女子B'" 「顔にクリーンヒットー。ほくとんに100のダメージ」[plc] ……………………。[l]フ、フフフフフフフフフフフ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「イチロー、水球だったよねぇ。た・し・か♪」[plc] 肉体の再構成を開始。[lr] 記憶された情報を統合し、出力し、結合し、体内に生まれる新しい部位。[lr] 水中でもわずかな時間ならば呼吸を可能とさせる[ruby text="ホール"]臓。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「あ、ああ、そうだが、落ち着け。何もそこまで怒ることじゃ―――」[plc] 同時に、粘性のある体外に分泌されるべき膜を構成。[plc] これで、水人への『変身』は完了だ。[lr] 僕は自分でもほれぼれするくらい優雅な動作でプールへと飛び込んだ。[plc] ざぶざぶと歩いている途中で、僕の顔で反射してあらぬ方へ飛んだボールを回収する。[plc] もちろん進む方向はただ一点。[lr] 僕が進むたびに青ざめていく誰かさんへ向けて、ざぶざぶざぶざぶ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いやぁ、水球なんていつ以来かなぁ」[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「おとといやったばっかりだろうが! いや、待て、ホント落ち着け、北斗―――!?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「も・ん・ど・う―――無用ぉぉぉ!!」[plc] 思いっきりビーチボールをぶん投げる。[lr] 寸分違わず逃げはじめたイチローの後頭部に直撃し、はじけるボール。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「ぶへぇ!?」[plc] [ruby text="ぼ"]正[ruby text="く"]義の制裁を受けて、[ruby text="イ"]愚[ruby text="チ"]か[ruby text="ロー"]者は撃沈した。[plc] @char_name exp="tf.name='女子B'" 「イチローにクリティカルー。……せんとうふのう?」[plc] 間延びした声に、ぶくぶくと[ruby text="あぶく"]泡を出して水に沈んでいたイチローが起き上がる。[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「やりゃあがったなぁ、このチビ!」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「だれがチビだ、筋肉バカー!」[plc] 次々と周囲から補充されるボールを投げあい、盛大に喧嘩をはじめる僕ら。[plc] 周りがそれをはやし立て、先生が呆れたように苦い笑いをしていたのが視界の隅に映った。[plc] だけど、気にしない![plc] ボールを投げる勢いが速まるにつれ、口でのキャッチボールもヒートアップする。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そもそも、毎朝毎朝うるさいんだよ!」[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「ネタを毎度提供するお前が悪い!」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「僕なんかかまってる暇があるなら、幼馴染の誰かさんに言うこと言ったほうがいいんじゃないの!?」[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「や、やや、やかましいわ、天然記念チビ! 余計なお世話だ!」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「黙れ、筋肉カバ! こっちのセリフだ!」[plc] @char_name exp="tf.name='東一郎'" 「何を――!!」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「なんだ――!!」[plc] そうして『変身』が切れるまでの三分間、僕はイチローと壮絶な戦いを繰り広げる破目になった。[plc] *scene02-2_choice|自由行動・水浴びのあと [er] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ふぅ、やれやれ」[plc] イチローから借りたタオルで濡れた髪を拭きながら、僕は次の場所へと移動していた。[plc] 結局、水球という水球はできずじまいに終わり、イチローとも喧嘩別れになるかと思ったのだが。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「普通にわたしてくるんだもんなぁ」[plc] 『変身』が解けて、プールからあがった僕に何の躊躇もなく差し出されたタオル。[plc] それを手持ち無沙汰にぼんやりと見つめる。[plc] ……………………。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ホントに変わらないなぁ、あいつ」[plc] 普段が普段であるだけにああいうちょっとしたところで見せる仕草が妙に際立つ。[plc] というか、やっぱり根はいいやつなんだよなぁ……。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「………ハッ!」[plc] ―――何を考えてるんだ、自分!?[plc] 唐突に現れたそら恐ろしい考えを放り捨て、ぶるんぶるんと水しぶきを飛ばしつつ、頭を振った。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「百歩ゆずっていいやつでも、誰が認めるか」[plc] そうだそうだ、一番の被害者だぞ、僕は。[plc] それぐらい強情でもばちはあたらないはずだ、多分。[plc] [jump storage="02.ks" target="*choice1"] *scene02-3|自由行動・空の陣 [er] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] 空人たちの体育は校庭だった。[lr] まぁ、こんなに晴れた良い天気なら無理もない。[plc] 僕も風の冷たさを少し心地よく感じながら、体をほぐして彼らのところへ合流する。[plc] 見れば、もう皆は試合をはじめているようだった。[plc] 白の六角形と黒の五角形が入り混じった球を足蹴にして、誰かが左に、誰かが右に、そして誰かは上に飛んでいた。[plc] 空人たち特有の特殊球技、『サッカー』と呼ばれるスポーツだ。[plc] ルールは単純。[lr] 相手のゴールにめがけて、あのボールを蹴って点数を稼ぐだけでいい。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「おー、皆やってるなー」[plc] 体育は隣のクラスを交えての合同なので、そこには南の姿も見えた。[plc] 水を得た魚よろしくといった楽しげな表情で、足と翼を動かし、ボールを相手のゴールへ運んでいく。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ん? 魚?」[plc] いや、ボールを得た[ruby text="とり"]南の方がこの場合正しいのかもしれない、表現的に。[plc] …………。[l]ま、いいや。[plc] どうでもいい考えを投げた僕は、担当教諭のところへ駆け寄った。[plc] 先生は僕の顔を見るや、クックックと愉快そうに笑いながら、プリントにサインをくれた。[plc] @char_name exp="tf.name='空人担当教諭'" 「おつかれだなぁ、喜多。教頭先生の遊び相手に選ばれたらしいなぁ」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「笑ってないで助けてくださいよ」[plc] @char_name exp="tf.name='空人担当教諭'" 「おっことわりー。オレも自分の身がかわいいからー」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うぐぅー」[plc] 軽い先生のノリに合わせながらその場を立ち去り、とりあえず用事をすませることはできた。[plc] さて、このあとはどうするか。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「なんて、悩むまでもないか」[plc] 一瞬の悩みへすぐに答えを返して、僕は審判を買って出ている生徒のところへと歩み寄った。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「おはよー」[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「お、喜多 北斗。生きていたのか」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ご覧の通りだよ。で、戦況は?」[plc] 彼のくだらない冗談を適当に受け流して、質問する。[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「ふむ、それこそご覧の通りだ」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「やっぱりねぇ……」[plc] 僕と彼が呆れたように言いつつ、見る方向はひとつ。[lr] みなまで言うほどのことでもなかった。[plc] なにせ、ボールを得た[ruby text="・"]と[ruby text="・"]りがいるチームが負けるはずないのだから。[plc] 僕は全体の状況を軽く見回してから、審判の彼に素朴な疑問をぶつけてみた。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「気のせいかな、片方のチームが一人メンバーが足りない気がするんだけど」[plc] しかも、南のいない負けているはずのチームの方が。[plc] それを聞くと男子生徒は大げさと言うのがおこがましいほどの動作で肩をすくめて、首を左右に振った。[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「何、それは本当か!? いやぁ、気付かなかった!」[plc] ……演技派だなぁ。[l]なんて思いつつ、会話をあわせる僕。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「まるで誰かのために空きをつくってたみたいだねぇ」[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「いや、まったくだ! なんという失態! 誰かその空きに入ってはくれないだろうか!」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「サッカーに誤審と失策はつきものだよ。大事なのは、被害を最小に抑え、早めに事態を収拾させること」[plc] 僕の言葉に審判の彼がこちらを振り向く。[lr] そして二人、ニヤリと笑い合った。[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「やってくれるか、喜多 北斗」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「やるだけは。いい加減、南も[ruby text="ま"]黒[ruby text="け"]星を知るべきだ」[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「よし、そうこなくては!」[plc] 言って、彼は試合を中断させるホイッスルを吹いた。[lr] 全員が彼の方向を見て僕の姿を確認すると同時に、意図を理解したのか元の位置へと戻りだす。[plc] 南にいたっては、ニコニコとうれしそうに笑いながら、こちらに歩み寄ってきた。[plc] @char_name exp="tf.name='南'" 「なーんだ、いらっしゃったんですか、北斗くぅん」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん、[ruby text="・"]軽[ruby text="・"]く混ぜてくれればいいよ」[plc] ピリと、自分と彼女の間で電撃が奔っているのが見えた気がした。[plc] @char_name exp="tf.name='南'" 「ふぅーん、軽く……ね」[plc] 南もそれに気付いているのかいないのか、ニヤリと不敵な笑みをひとつこぼしてから、体の向きを変えた。[plc] @char_name exp="tf.name='南'" 「それじゃあ、北斗」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん、南」[plc] 南の声に一度うなずいてから、彼女の挑発的な流し目をしっかりと笑顔で受け止める。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗・南'" 「お手柔らかに」[plc] それは、宣戦布告には充分すぎる言葉だった。[plc] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] …………十分後。[plc] グラウンドは熾烈な争いにより、死屍の山を築き、そこにたたずむのは僕ともう一人だけだった。[plc] そのもう一人、南はぐいと汗を拭って僕に言う。[plc] @char_name exp="tf.name='南'" 「じゃあ、はじめましょうか」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん」[plc] ―――ジリ。[lr] にじり寄った足が起こした砂埃が流れ、緊迫感を伴った静寂をあらわす。[plc] 空人に『変身』して、広げた翼も相手との間合いをはかるためのものだ。[plc] ピリピリとした僕らの緊張をよそに、さっきまで倒れてたはずの生徒たちが皆好き勝手を言っていた。[plc] @char_name exp="tf.name='男子D'" 「納城さんは将来プロの世界に入らんとして、期待もされている名手。負ける要素がないね」[plc] @char_name exp="tf.name='男子B'" 「だが、待て。姐さんもさることながら、北斗もあなどれんぞ」[plc] @char_name exp="tf.name='男子A'" 「あのサッカー向きの小柄な体躯を利用した瞬発力と、童顔を隠れ蓑にした権謀策術。ただものでないのはたしかだ」[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「あの二人は小・中学校とサッカーで競い合ってきた仲だそうだ。お互いの手の内は完全に知り尽くしていると聞いている」[plc] @char_name exp="tf.name='男子C'" 「そこから先は、実際に見てきた拙僧が話そう。常に戦場と化していた二人の戦いだったが、こういったお膳立てがなされたのは何も初めてではない」[plc] @char_name exp="tf.name='男子B'" 「どういうことだ?」[plc] @char_name exp="tf.name='男子C'" 「分からないか? あの二人は手の内を知り尽くし、お互いの特性・得手不得手さえも把握している。よって、刹那こそが美徳となる」[plc] @char_name exp="tf.name='男子A'" 「それは、まさか―――!?」[plc] @char_name exp="tf.name='男子C'" 「察したか。そう、勝負は長引かぬ。一瞬で、しかも瞬天必殺の意をこめて、お互いがぶつかり合う!!」[plc] @char_name exp="tf.name='男子A・B・D・審判'" 「おぉ―――!!」[plc] @char_name exp="tf.name='キーパー'" 「はいはーい。二人の一騎打ちー。トトカルチョやってるヨー」[pln] 「かたや、[ruby text="レ"]外[ruby text="ア"]種と呼ばれ、世界から絶対保護指定を受けている、天下御免の家なき子・喜多 北斗ー」[plc] 「対するは、サッカーならば常勝無敗・天下無敵。そのぺったんこな胸で私を抱いてお姉さまーと女性ファン急増中の売れっ子・納城 南ー」[plc] @char_name exp="tf.name='男子A'" 「ちなみにかけ率は?」[plc] @char_name exp="tf.name='キーパー'" 「へい! 北斗が3.27で南嬢が1.95となっておりますぜ!」[plc] @char_name exp="tf.name='男子B'" 「よし、北斗の方を買った。で、お前キーパーはどうした?」[plc] @char_name exp="tf.name='キーパー'" 「そ、そっちの旦那も人が悪いなぁ……。あんなところでキーパーなんてしてたら、あっしは生きちゃいられませんよ」[plc] @char_name exp="tf.name='男子C'" 「まぁ、あそこで構えて待つのは無理よな。心臓がいくつあっても足りぬ」[plc] @char_name exp="tf.name='男子D'" 「俺も無理だー!! そんな度胸ねえやー!!」[plc] @char_name exp="tf.name='審判'" 「威張って言うことかー!!」[plc] @char_name exp="tf.name='男子ども'" 「アーハッハッハッハッハッハ!!」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いや、だから、何を勝手なことを言いまくってるんだ。あいつらは……」[plc] 遠巻きに聞こえる会話にツッコミを入れておく。[plc] 南と良くサッカーはするが、何も別にそこまでのものでは……。[plc] @char_name exp="tf.name='南'" 「まぁ、でも、似たようなものではあるんじゃない?」[plc] そんな僕の心境を察したのか、彼女がニヤリと笑んだ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「似たようなもの、ねぇ」[plc] @char_name exp="tf.name='南'" 「えぇ、そう。だから、全力でいらっしゃいな」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「上等――!!」[plc] 応えると同時に全速力で彼女の左を駆け抜けようとした。[plc] が。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あ、三分経っちゃった。ごめん、僕、リタイア」[plc] @char_name exp="tf.name='全員'" 「ズコ―――――ッ!!!!」[plc] 頓狂なリアクションで僕以外の全員が盛大にすっ転んだ。[plc] @messwindow visible=false [wait time=1000] *scene02-3_choice|自由行動・ボールは友達 [er] @messwindow visible=true [wait time=200] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ふぅ、やれやれ。ひどい目にあった」[plc] 三分間という『変身』の制約を守るため、淡い光を残滓に僕は翼を消した。[plc] そのままサッカーを続けることもできなくはなかったけれど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「まぁ、たしかに気分もそがれるよなぁ」[plc] 南がしらけたから次まで勝負おあずけと決めてしまった以上、強く願うことはできなかった。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それにしても、南ホントに楽しそうだったなぁ」[plc] 冗談交じりにやっていたとはいえ、彼女の動きの速さやサッカーに向ける熱意には驚かされる。[plc] 卒業までにプロサッカーの世界に入れるようになりたいと言っていたが、本気だろうか。[plc] 実際、空人が中心となってプロのサッカー界は男女問わず活気付いている。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「南なら良いところまでいけそうな気がするけどなぁ」[plc] これといった根拠はないけど、結構僕は直感に自信がある。[lr] それを西院歌さんと乃兎さんに言ったら、呆れられたけど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「…………てゆーか、鼻で笑ったよね。あの二人」[plc] ものすごい蔑みの目というか、表情というか、そんな感じで。[plc] 思い出したら、ちょっと鬱になってきた……。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「……いや、いけないいけない。違うよ、あれはきっと見間違い。幻覚と幻聴。そうそう、そうだ、きっと、多分」[plc] 自分で自分を慰めてて少しむなしくなってきた……。[plc] [jump storage="02.ks" target="*choice1"] *scene02-4|自由行動・地の利 [er] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「おぉー、何も見えない」[plc] 奥に進むにつれ、暗闇が濃く深くなっている地下道の入り口にきた僕は、思わず感嘆の声をあげた。[plc] [ruby text="ミ"]地[ruby text="ミ"]下[ruby text="ズ"]道と呼ばれるここは、地底人だけが特別に使用している荒人たちの置き土産だ。[plc] 入り口付近には何もないが、奥に進んでいけばきっとお宝が見えてくるだろう。[plc] そのお宝を掘り出すこと。[l]それが地上では極端に体力を奪われる地底人の体育だった。[plc] 久しぶりに来たからか。[lr] 僕には、それがなんだか探検気分に思えた。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「よーし、行くか」[plc] 気合をひとつ。[lr] 自分の頬をパシリと叩くと同時に、『変身』して体の構成を書き換えていく。[plc] 僕の体は“喜多 北斗”であるとき、安定していながら、どの種族とも違うという矛盾の元に成り立っている。[plc] だからこそ、[ruby text="イリ"]変[ruby text="ー"]異[ruby text="ガル"]種や[ruby text="レ"]外[ruby text="ア"]種と呼ばれるのだろうが。[plc] それはともかく、『変身』が矛盾の書き換えということ。[lr] つまり“喜多 北斗”の『変身』とは選択した種族に一時的に戻っているのだという仮説を聞いたことがある。[plc] もちろん、真偽の程は僕本人にさえ定かではなかったが。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「よっし、完了」[plc] 視界がだんだんとぼやけていくのを感じながら、裏腹に他の感覚が鋭くなっているのを認識する。[plc] やがて目の前の景色が暗闇であるかなどと関係なく、その先に何があるか、誰がいるのかなどを嗅げるようになれば、僕は立派な地底人だ。[plc] さっきまで暗闇でしかなかった地下道がどんな輪郭を帯びているかを感知し、正確に頭で思い描ける。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「さて、皆はどこに行ったのかな?」[plc] ひとりごちてから、僕は担当の先生を探すために暗室の奥へと歩き出した。[plc] @messwindow visible=false ;背景切り替え。洞窟入り口→洞窟(暗闇)。 [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] 歩き始めて分かったが、結構皆は深いところまで進んでいるらしい。[plc] ちょっと困りながら、舗装が砕け、むき出しの土と入り混じりになった線路を歩いていく。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「お〜い……」[plc] 寂しくなって誰かの反応をうかがってみたが、応答はなし。[plc] 分かってはいたけれど、ため息をついて、壁に手を置いた。[plc] そこにあったごわごわとした感触に気付き、地底人となっている僕の鋭敏な超感覚がすぐにそれがなんであるかを判別する。[plc] 奥に向かうにつれ、せばめられた不可思議な形状の箱。[lr] 正面の長方形―――画面がひび割れ、中にある奇妙な管が無骨さをあらわにしていた。[plc] この[ruby text="ほ"]地[ruby text="し"]球に住んでいたとされる、[ruby text="ファー"]荒[ruby text="マー"]人たちの置き土産。[plc] 忘れられた遺産の代表格のひとつ。[l]名前はテレビ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「皆、気付かなかったのかな?」[plc] それにしても、随分と古い型だ。[lr] 最近はもっと薄くなった画面だけのものが主流になっているから、結構骨董品かもしれない。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「まぁ、僕はもう持ってるし」[plc] 乃兎さんに厄介になるときに、あの人が買ってくれたお気に入りの一台が。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「……………」[plc] あの人のことを思い出したら、不思議とそのときに言われたうんちくが頭をかすめた。[plc] “大戦”終結後、地底人と他の種族のパイプが完成するにつれ、この世界の文化の成長速度は大幅に増加した。[plc] 理由は明白。[l]この地下道と呼ばれるものは、ミミズの名を冠するが如く、この国の地下を舐めるように渡り巡らせている。[plc] 他の種族にとっては何があるかも分からない、長大に過ぎるブラックボックス。[plc] それを一挙に解決し、さらには底が見えない宝物庫にしてくれたのは地底人の特質のおかげだった。[plc] 例をあげるならさっきのテレビや、町を行き交う[ruby text="ネズミ"]車や[ruby text="ヘ"]電[ruby text="ビ"]車などの移動手段の復旧。[plc] それにスポーツとして存在しているサッカーと呼ばれる球技も、原則は地底人が荒人の歴史を調べ、発掘したものだ。[plc] 今を生きる人たちが何の躊躇もなく飛びつくほどに、荒人たちが残した技術・思想・観念は完成されたものだった。[plc] だから僕らは何もなかった荒人たちの遺産からそれを推測し、再生させ、受け継ぐことを主としている。[plc] それが地底人が生み出した一つの文明の形。[lr] ≪[ruby text="ネ"]来[ruby text="クス"]た[ruby text="ト・"]る[ruby text="フ"]べ[ruby text="ォー"]き[ruby text="ミュ"]軌[ruby text="ラ"]跡≫。[plc] [ruby text="・"]過[ruby text="・"]去に向かって[ruby text="まい"]邁[ruby text="しん"]進せよという大号令をもとに、地底人は闇の深淵にある光明の探求へと埋没していった。[plc] 『ロマンが溢れてるだろう?』なんてあの人が皮肉に顔をゆがめたことまで、僕はおぼえていた。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ロマン、か」[plc] @char_name exp="tf.name='???'" 「ロマンが……どうしたの?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うわぁ!?」[plc] 突然声をかけられたことに驚き、飛び退いたあとで、そこに誰がいるかを感覚した。[plc] 頭の中で瞬時に、その誰かが鮮明な映像のように想像される。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「なんだ、西院歌さんか」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「なんだ、じゃない……。あなたこそ、どうして?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いやぁ、実はね―――」[plc] 簡単に事情を説明すると、西院歌さんは納得しつつも呆れたといったため息をこぼしてから、奥へと体の向きを変えた。[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「先生ならこっち。ついてきて」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いや、ひとりで大丈夫だよ」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「いいから」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あ、うん……」[plc] 釈然としないまま、無言で進む彼女の後ろを付いていこうとした。[plc] そのとき、ふと思い立って西院歌さんへと声をかける。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そういえば、朝はごめんね。西院歌さん」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「何が?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「寝坊したこと。言いそびれちゃったし、随分迷惑掛けちゃったから」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「………………」[plc] 西院歌さんが黙った。[lr] あ、やっぱりまだご立腹?[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「い、いや、あの……ご迷惑をかけたのは、反省してるんです、けど」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「………………」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ゆ、許していただけるならうれしいなーなんて……」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「…………」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「越前屋のお団子三つ」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「胡麻とみたらしと紫いも」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あんと焼きも追加します」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「なら、許してあげる」[plc] 西院歌さんの声に普段の柔らかさが戻ったが、同時に僕の財布も寒波が押し寄せてきた。[plc] 今年の冬は例年よりもお寒くなりそうな気がする。なんとなくだけど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「トホホ……」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「…………ひとつ」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん? 何、西院歌さん?」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「ひとつだけ、教えてほしい」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「?」[plc] 彼女の声が、いつの間にか強張っていた。[plc] 超感覚と化した僕の耳が、彼女の声の苦さから、西院歌さんが顔を軽く歪ませていることを認識させる。[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「あなたは、私があれを迷惑と思ってたと、思うの?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「………迷惑じゃないの?」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「……………」[plc] まただんまりですか。[plc] なんか答えないと本格的に怒りそうな気がする。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「僕はさ……ま、反省してるとか言ったけど」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「…………」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ごめん。ちょっと楽しかったかな」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「………」[plc] 無反応だった。[lr] これでも結構恥ずかしいこと言ったと思うんですけど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あのー、西院歌さーん?」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「―――なら、いい」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あ、ちょっと……!?」[plc] 急に足を速めた西院歌さんの後ろについていく。[plc] そして結局彼女と別れるまで、僕は西院歌さんの質問の真意を考えあぐねていた。[plc] @messwindow visible=false [wait time=1000] *scene02-4_choice|自由行動・いつものこと [er] @messwindow visible=true [wait time=200] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「西院歌さん、なんだったんだろう?」[plc] 首をひねりながら僕は地下道から抜け出た。[plc] 一応プリントに先生からサインももらったし、西院歌さんに謝ることもできたし、これといった問題もなかった。[plc] けれど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「なんか、釈然としない」[plc] そう、すっきりしないのだ。[lr] あの西院歌さんの態度が、なんとなく僕には―――。[plc] 僕には、なんだ?[l] やっぱり分からない。[lr] 分からないのだが、とにかく。[plc] 言葉に出して言えないような、なんだか良く分からない気分になる。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「………変だな」[plc] 変と言えば、ちらりとぼやけた視界でどうにか捉えた彼女の耳が赤かったようにも見えた。[plc] いや、でも地底人のときの視力なんて当てにならないし……。[plc] ますますもって不可解。[l]西院歌さん、何かあったのだろうか。[plc] ……………。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ま、いいか」[plc] 西院歌さんがこちらに何も言ってこない以上、僕が詮索してもそれは無意味だ。[plc] どうせ西院歌さんは僕に何も話してはくれないだろう。[plc] それなら、彼女が話す気になるまで僕はただ黙して待っていればいい。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いつものことだね、いつものこと」[plc] どことなく言い訳がましい独り言をぼやいて、僕は地下道から離れた。[plc] [jump storage="02.ks" target="*choice1"] *scene02-5|自由行動・特の性 [er] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] 僕は自分の教室へと戻って、扉を横へと開いた。[plc] 誰もが体育でいないはずの教室、その中央で一つの机を間に挟み、静かに睨み合っている男女がいる。[plc] だが僕は別に驚くこともせず、その二人へと声をかけた。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「来部さん、真鉄。やっほー」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「…………」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「おかえりなさい、北斗くん。先生から聞きました、お疲れ様です」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん、まぁ。……ところでその先生は?」[plc] 教室を見渡すも、二人の[ruby text="アン"]希[ruby text="コ"]少[ruby text="モン"]種を除いて、ここには誰もいはしなかった。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「さぁ……? どこかに行かれたようですね。真鉄、何か聞いてます?」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「…………」[plc] 来部さんの質問に、 希少種・[ruby text="チャ"]幼[ruby text="イ"]体[ruby text="ル"]人[ruby text="ド"]種の[ruby text="かみ"]神[ruby text="や"]矢 [ruby text="ま"]真[ruby text="てつ"]鉄はただ首を横に振るだけだった。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ホントに? 参ったなぁ……。さっさと済ませたかったのに」[plc] 全クラス中、ここほど体育じゃない体育もない。[plc] 一応名簿はここにされてる僕もふくめて、たった三人しかいないクラス。それが特殊クラスだ。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「そんなこと言わずに、ゆっくりしていってください」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「…………」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん、じゃあ先生が来るまで」[plc] ちょいちょいと自分たちの方へ手招きする二人に近づく僕。[plc] 自然、二人が何に興じていたのかを確認していた。[plc] どうせ教頭先生あたりに「人数が少ないので頭の体操をしましょう。立派な体育です」とか言われて、ゲームしてるんだろう。[plc] まぁ、希少種なんて、学校全体で十人弱しかいないわけだし。[plc] クラス二つ合わせて、二人の希少種なんてそうそうある確率じゃない。[plc] しかも体質が特殊すぎて他の体育には混じれないと来たものだから、それもやむなし。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「でも、頭の体操って……絶対違うよなぁ」[plc] ―――っていうか。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「またオセロ? 懲りないなぁ、来部さん」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「く、来部家の者として、この程度の児戯に屈するわけには……あ、真鉄。そっちに置いて」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「む」[plc] 真鉄が物を触れない来部さんに代わって、オセロの黒石を置いていた。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「その隣です」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「む……」[plc] パシッ。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「逆っ」[plc] なんだかやたら微笑ましい光景だった。[plc] それもすべて来部さんに指示されて動いている真鉄の姿形によるものが大きい。[plc] 幼体人種の名前の通り、彼らは成長速度というものが他種族より極端に遅い。[plc] 加えて、成熟体も世間一般の平均よりはずっと下だ。[plc] 種族の特徴こそが、そのまま[ruby text="スティ"]代[ruby text="グマ"]償にも繋がる不思議な種族。[plc] それが幼体人種の数少ない生き残りである神矢家の跡取り息子の正体だった。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「むぅ」[plc] 一つ思案するように口もとを小さな手で押さえて、盤面を見つめる真鉄。[plc] その容姿から想像も出来ないほど、やたら大人ぶった仕草の多いやつだったりする。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「…………」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「フフ……」[plc] そんな真鉄をちらと盗み見つつ、来部さんはほくそ笑んでいた。[plc] オセロなんて真剣にやったことがないから分からないが、どうやら彼女のほうが優勢らしい。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「む」[plc] 長考の末、真鉄がひとつ白石を置く。[plc] 途端、来部さんは勝利を確信したように笑みの色を濃くしていた。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「そこでいいんですね、真鉄。ではこちらに」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「む」[plc] 来部さんに指定された箇所に、真鉄が石を置く。[plc] いくつかの白石が黒へと裏返り、さらに来部さんが有利に立ったようだ。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「さぁ、真鉄。次はどこにするんですか?」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「ふむ……」[plc] 考えこむ真鉄を目の前にして、ビシリと指差す来部さん。[plc] なんだか幼馴染の前だと性格が変わる人なんだなぁ、と僕は妙な新鮮さをおぼえていた。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「ん」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「あら、そこでよろしくて?」[plc] パチンと白の丸石を迷わず置いた真鉄に、来部さんがはじめて余裕の表情を浮かべた。[plc] あ。なんか僕、オチが読めたかも。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ま、まぁ、誰しもミスはありますよね、ミスは」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「ん?」[plc] 声がうわずっている来部さんを理解しかねるといった表情の真鉄。[plc] しかし、彼女が置けと指示した黒石の位置を見て事態を了解したのか、ポンと手をうってうなずいた。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「ふぅん」[plc] ニタリ。幼げな顔から無邪気さいっぱいの犬歯を見せた微笑み。[plc] そして、白の石が黒が優勢に見える盤面を―――さらに優勢にした。[plc] それを見て、来部さんはなお疑問さえ抱かず、頬を紅潮させ、勝利を確信した顔になる。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ま、真鉄……!! 本当にそこでいい!? 待ったはなしですよ!」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「んー」[plc] なぜなら、来部さん側の右隅。今まで真鉄の石によって防御されていた屈強な壁が、彼自らの手で開かれたのだ。[plc] 四隅に置かれた石は何が起ころうと返されない絶対の一手となる。[lr] オセロの順当なルールにして、常勝への鉄則だった。[plc] 来部さんが喜び、真鉄から四隅の一角を取れることに天狗になるのも無理はない。[plc] そう、そこに重大な見落としがあっても、無理はない。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「これで一挙に……あら?」[plc] 隅に置いて初めて違和感に気づいた来部さん。だけど、時すでに遅しだった。[plc] 絶対のはずの黒石はたったひとつの白石しか黒に変えることがなかったのだから。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「うそ……」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あ〜あ」[plc] 開けたように思えた壁は、さらに強固な城によって護られていた。[plc] そう、残り一つの隅といくつかの枠。そこがすべて真鉄のリーチとしてかかっていたのだ。[plc] 勝負はすでに終盤。来部さんは以降、石を置く場所がなく、ルール上、パスするしかない。[plc] 充分逆転できる上、お釣りまでくるような位置ばかりだった。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「ふむ」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ま、真鉄……」[plc] 捨てられた子犬のようにキラキラと瞳を潤ませて、何かを懇願する来部さん。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「ん」[plc] パチン。情け容赦なく、隅を埋めた真鉄。[lr] 顔面蒼白になった誰かさんの言葉を借りるなら、一挙に大逆転といったところだ。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ああーッ!?」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「む。む。む」[plc] パチン。パチン。パチン。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「や、あ、だ、ま、マー君、待って〜!!」[plc] 次々と残された枠が埋められていき、颯爽とあらわれた白が黒優勢だった盤面を文字通りひっくり返していく。[plc] そして、とうとう最後の一つ。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「ま、待って、真鉄。そう、さっきのはちょっとした手違いで……」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「レイ」[plc] 今までこれといった会話をしなかった真鉄が、そこで初めて来部さんを呼んだ。[plc] 幼馴染の彼だけが使う、彼女への特別な呼び方。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「は、はい、なんです、マー君?」[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「[ruby text="・"]ま[ruby text="・"]たオレの勝ち」[plc] ニヤリと真鉄が笑う。[plc] 外見のみ幼い顔に、[ruby text="ろう"]老[ruby text="かい"]獪な悪魔が乗り移っていた。[plc] パチンと乾いた音が、教室に響き渡る。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「……数えるの面倒だ。数字嫌い」[plc] 無論、数えるまでもなく盤面は限りなく白が支配していた。[plc] 真鉄の圧勝だった。[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「あ……私の、負け……?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ご愁傷様ー、来部さん」[plc] 神矢 真鉄。[l]幼体人種。[plc] @char_name exp="tf.name='真鉄'" 「……フ」[plc] @char_name exp="tf.name='麗朱'" 「う、うわぁぁぁぁん!」[plc] ―――特記事項、ゲームの達人。[plc] @messwindow visible=false [wait time=1000] *scene02-5_choice|自由行動・≪最後の人≫ [er] @messwindow visible=true [wait time=200] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「さて、どうにかクリア」[plc] 泣いてしまった来部さんをなだめているうちに先生が来て、サインをもらうことはできたので、僕は教室をあとにしていた。[plc] 教室の一部が焦げていたのは、この際、気にしないことにする。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「っていうか、気にしたら負けのような気が……」[plc] 別に僕の責任というわけでもなし。[lr] ケガ人や死人がでたわけでもなし。[plc] まぁ、ケガ人が出なかったのは、真鉄の特性のおかげだけど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「毎度毎度、良く犠牲者が出ないなぁ」[plc] 幼馴染の腐れ縁というやつか、真鉄はよく来部さんをフォローするところがある。[plc] 来部さんの『悪い癖』には結構おびえている人も多いらしいが、実際の被害者は今のところ、真鉄一人だけだ。[plc] まったくもって感心する。彼がいなかったら、今頃、多存種のいくつかは≪[ruby text="ロ"]最[ruby text="スト"]後[ruby text="・ワ"]の[ruby text="ン"]人≫となっていただろう。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いや、さすがにそれはないか」[plc] ≪最後の人≫。[lr] 希少種の中で、すでに滅ぶことが決定してしまった種族のために作られた制度。[plc] そもそも希少種がどうして希少であり、多存種などという隔たりがあるのか。[plc] 多存種と希少種の決定的な違い。[lr] それが、子孫の残し方における『代償』だった。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「厄介なものだよねぇ、ホント」[plc] ―――曰く、希少種は同族間でしか、子をなせない。[plc] 時代がかった迷信でもなければ、宗教上の理由というわけでもない、科学的見地に基づいた事実。[plc] 身体的特徴が特殊すぎるため、異種族間の交配を行っても、子を授かることは不可能なのだ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「とは言っても……」[plc] もちろん、希少種もその辺りの事情を理解して、コミュニティを作ったりと対策はとっているらしい。[plc] だが、それでも制度によって≪最後の人≫として選出される人はいる。[plc] 選出された人は、代わりに自らの種族としての最後の人生を謳歌できる特殊な権利を持てる。[plc] 世界からの恩赦などと皮肉に口を歪める人もいるらしい。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「まぁ、そうそう選ばれる人なんていないんだけど……」[plc] だけど僕がこの言葉を身近に感じてしまうのは、どうしてか。[plc] 理由があるにはあるのだけれど。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ま、今はどうでもいっか」[plc] 苦手な話題は、思考の切り替え。[lr] 別に誰かに説明しているわけでもなしに。[plc] 投げやりに思考を放棄した僕は、とりあえず手元のプリントへ目をやった。[plc] [jump storage="02.ks" target="*choice1"] *scene02-6|自由行動・授業終了 [er] @messwindow visible=false [wait time=1000] @messwindow visible=true [wait time=200] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「教頭先生、終わりました」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「おや、随分時間がかかりましたね。お疲れ様です」[plc] 書類整理をしていた教頭先生が顔をあげ、僕からプリントを受け取る。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「それでいかがでした? 私の考えた遊びは?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はぁ……ちょっとしたツアーでしたけど」[plc] 強行だったけどね。教頭先生考案だけに。[plc] …………自分で考えといてなんだけど、ひどいな。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「ふむ、ツアーですか。やはり今度の遊園地はこの企画でやってあげましょうかね」[plc] 普通にお孫さんは遊園地で遊ばせてあげるべきだと思うのは、きっと僕だけじゃない。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「ああ、遊園地といえば。聞きましたよ、北斗くん」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「何をですか?」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「なんでもあなたを預かっている方、仁志さんのお兄さんで……乃兎さんでしたか。[ruby text="ツリー"]水[ruby text="マンタ"]都の設計者だとか」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あー、そうみたいですね」[plc] ここでも聞かれるのか。[lr] 結構、時の人になってるんだなぁ、乃兎さん。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「ご立派なことですよ。また荒人の知恵の実を、ひとつお借りすることができるのですから」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はぁ。でも関わったといっても、きっとそこまで重要なところじゃないですよ」[plc] そんな大それた人ではないと思うんだけど。[plc] しかし、教頭先生は首を横に振った。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「そんなことはありませんよ、北斗くん。関わっているということ自体がとても栄誉あることなのです」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はぁ……」[plc] うーむ。乃兎さんがあまり自分のことをしゃべらないから、実感が湧かない。[plc] 僕が微妙な顔をしていたのに気づいて、教頭先生は引き出しから何かを引っ張り出してきた。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「それにほら、見てごらんなさい。偶然にもこんなところにパンフレットが」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「先生、職務怠慢を偶然の二文字でくくらないで」[plc] お孫さんのために細かく確認していたことが見え見えだ。[plc] だが、僕の言葉を教頭先生は無視して、パンフレットを広げていく。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「ほら、これだけの面積を誇る大都市ですよ。テーマパークも完備で、観光地としても充分ですね」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「へー」[plc] 真剣に見た覚えはなかったので、ついまじまじと見入ってしまった。[plc] 僕が食いついたのを良いことに、教頭先生はさらに話を進めていく。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「おそらく後ろの方に関係している会社の名前があると思いますよ?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はぁ……」[plc] 言われて、めくってみる。[lr] 上から順に、大手業者の社名が書かれているのをざっくばらんに読み飛ばす。[plc] ―――と。[plc] 中央に、見慣れた文字が。[plc] 『(有)仁志設計』―――。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あった。思ったより上ですね」[plc] どうでもいい勘定をしてしまう。[lr] 貧乏性だなぁ、僕。[plc] なんて考えていたら、教頭先生の強張った声が聞こえてきた。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「………北斗くん。気づかないですか?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「何がです?」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「あなたのお兄さん、社長さんだったんですか?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「あ」[plc] そう言われればそうだ。[plc] 乃兎さんって自営業だなんて知らなかったから、素直に感心してしまった。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「すごい人だったんだなぁ」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「はぁ……あなたという人は……」[plc] 僕の言葉に教頭先生は呆れた声を出した。[plc] こめかみを揉んでから、表情を一転して僕に質問してくる。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「北斗くん、あなたが[ruby text="そ"]社[ruby text="と"]会に出て、どれくらいですか?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「?………五年だったと思います」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「では、そろそろいいでしょう」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「?」[plc] また溜め息をつかれた。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「そろそろ、社会に流されるのではなく、社会を見つめるようになるべきだと言うことですよ」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それは僕に、自主性を持てと?」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「そういうことです。何も、一生仁志さんのお家にご厄介になるわけでもないでしょう?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それは、まぁ……」[plc] 曖昧にうなずくと、教頭先生はもっともだと言うようにうなずきかえしてきた。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「では、ひとつ将来の夢でも立ててみましょう。ありますか?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「将来ですか……」[plc] 期待のこもった目で見られて、僕はつい答えに窮した。[plc] だけど、正直に答えないとこの場は切り抜けられそうにない。[plc] 意を決して教頭先生を見据え、口を開いた。[plc] *scene02-7|未定 @char_name exp="tf.name='北斗'" 「まだ、そういったことは考えてないんです」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「む。それはよろしくありませんね。もう高校生なんですから」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「書類で見れば、僕が五歳扱いだって知ってますよね。先生」[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「ええ、もちろん」[plc] ニコリと笑う教頭先生。[lr] どうしようもないほどに確信犯だった。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そう言われましても……僕にだって、決めにくいことくらいあります」[plc] 興味を持っていないわけじゃない。[plc] 実際、特撮ものは好きだったりするし。[plc] ただ、何から興味を持てばいいのか分からないというのが現状だ。[plc] それを伝えると、教頭先生は困った顔をしたあと、苦笑した。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「それは……まぁ、仕方ないということになってしまうのでしょうかね」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「こんな体ですから、勘弁してもらえるとうれしいです」[plc] やんわりと回答を拒否すると教頭先生はそれを察してなのか、ふざけた口調でこう言った。[plc] @char_name exp="tf.name='教頭'" 「それでは、決まったら私にも教えてくださいね」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はい、もし決まったら」[plc] はたして決まることがあるのか。[plc] あからさまにその事実を避けていることに僕も先生も気づきながら、それを無視した。[plc] *scene03|ホワイト・キャッスル @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ふぅ……」[plc] 教室に戻る途中、何度目かのため息をついた。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「いけない、暗くなってる。しっかりしろ、僕ー」[plc] ペチペチと頬を叩いて気合を入れなおすが、それでもどこか脱力する。[plc] さきほどの教頭先生の言葉が、これで結構効いていたらしい。[plc] ―――『北斗くん、あなたが社会に出て、どれくらいですか?』[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そと、か……」[plc] 五年前、僕は『城』のような研究所に幽閉されていた。[plc] 世界中で僕だけがもつ、“一定時間だけ多存種の特性を模倣する”という特性を調べ上げるためだ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「そんなに人を余所者あつかいしたいのかなぁ」[plc] 別に研究所が『城』のような大きさだったわけでも、形だったわけでもない。[plc] 小さすぎた僕に対して、それはあまりにも大きかった。[plc] ―――逃げるには、高すぎる壁だろう?[plc] そんなことを言って、あの人は後ろから現れたのだ。[plc] そして、だから『城』なのだと、偉そうに笑った。[plc] そこに住んでいるお前は『王子様』だと、笑った。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「世間知らずの『王子様』……」[plc] たった五年前まで、僕は自分がどこの誰なのかも知らなかった。[plc] いや、それでは語弊がある。[plc] 『どこ』という言葉の意味を知らなかった、が正しい。[plc] それだけ僕の周りに何もなかったということだ。[plc] それだけ僕の周りが何もくれなかったということだ。[plc] あったものをあげれば、片手で足りる。[plc] 白い壁。[lr] 白い服。[lr] 白い部屋。[plc] これが“僕”を知る前の“喜多 北斗”のすべてで、『城』そのものだった。[plc] 僕は数に入らない。[lr] そこに“僕”はいなかったからだ。[plc] いや、だとするなら、まだいる。[plc] あの人が数に入らなければ、おかしいのではないか。[plc] “喜多 北斗”の『城』を壊してくれた人。[plc] “僕”に、理由をくれた人。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「……『お前がなれるとするなら、きっとそれは―――』」[plc] その言葉は、きっかけ。[plc] 何気なかったとしても、あれこそが“僕”となった“喜多 北斗”の原点なのだから。[plc] ぎゅっと、握り拳をつくる。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「それは………」[plc] 自分の中に、血がめぐっていることを実感する。[plc] 大丈夫だ、今日こそ―――言える。[plc] 僕は息を気持ち長めに吸い込んで。[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「……?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「きゃあぁぁあ゛ぐ、げっ、げほ、げほッ!? さ、西院歌さん!?」[plc] 見事にタイミングを外された。[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「どうしたの? 落ち着いて、深呼吸」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「―――う、うん。ス〜、ハ〜、ス〜、ハ〜」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「落ち着いた?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「ふぅっ、どうにか。ありがとう」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「…………何かあった?」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「え? あー……」[plc] 教室前でぼんやり立ち止まっている僕を気にかけたのだろう。[plc] 表情の機微が少ない顔に、か細い怪訝がうかがえた。[plc] 僕はそんな西院歌さんをしっかりと見つめ返す。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「……西院歌さん」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「……何?」[plc] 僕の真剣な声に、西院歌さんもつられて表情をかたくした。[plc] …………………。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「聞きたいことが、あるんだ」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「……言って」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「うん……あのさ」[plc] ゴクリ。[l]固唾を呑む音。[plc] 西院歌さんの瞳がメガネ越しに不安で揺れていた。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「お団子じゃなくて……プリンケーキでも、良い?」[plc] ゴシャッ!![plc] すごい剣幕で、頭たたかれた。[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「…………それだけ?」[plc] うぅ、声が絶対零度だ。[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はい、そうです。ごめんなさい」[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「もう、行くから」[plc] @char_name exp="tf.name='北斗'" 「はい……」[plc] 意気消沈する僕を無視して、スタスタと自分のクラスへ戻っていく西院歌さん。[plc] と、急に振り返った。[plc] @char_name exp="tf.name='西院歌'" 「それと、お団子じゃなきゃ、駄目だから」[plc] そうですか。[plc] 痛む頭をおさえつつ、どうにか誤魔化しきれたことに僕はほっと安堵の息をついた。[plc] だけど、結局今日も言えなかったことを、頭の隅で悔やんでいた。[plc]