「ようこそ、女中喫茶バーボンへ」 猛虎姉SSその2  猛虎姉は、本格派ネコミミ美少女である。  彼女を改造したバーボンは、半角二次元征服をたくらむ悪の秘密結社である。  猛虎姉は、表現の自由のためにバーボンと戦うのだ。 【仮面タイガー猛虎】  カラリン、ガラリン。  心地よい「来客」の知らせに、マスターは新聞を払い飛ばしながら起き上がた。ちゃんとテレビの電源を切るのも忘れない。 『いらっしゃいませ〜♪ ようこそ、女中喫茶バーボンへ★ 』  来客を迎え入れる、甘くとろけるようなけだるい猫被りな声が店内に響く。――はずだった。 『店長! すみません、遅刻してきました! 』  ああ、またアイツか。まったく、いつもながら人騒がせな話しだ。  そんな言葉を、にやけた表情にして浮かべる。  マスターは、またテレビをつけ直した。美しき虎模様の火薬の彩りを背に、してやったりという表情のヒロインが高笑いしていた。  角煮という大都会に暮らす彼女、年中金欠、そろそろ年貢の納め時ということで働くことにした。  いつも" もう来ねえよ! ”と仕事中のトラブルの勢いに乗って飛び出してしまい、なかなか定職が定まらない。  人と接するのが苦手、なのだ。  けれどここの店主は、とっても渋くてステキなおじさま。彼女のこともまた、やさしい言葉でフォローしてくれる  今のとこ、何らトラブルもなくて「絶好調ナリ〜♪ 」と本人曰く。  はたして、いつまで続くのやら?    なお、メイド喫茶バーボンでは三人のメイドたちが働いている。うち、一人は猛虎姉だ。  まず一人目。気立てが良くてシャッキリハッキリ、ライオンハート(?)かつツンデレ(?)と評判の姉御肌。もちろん、永遠の17歳。  「女中王」こと獅羅姉(しらねえ)である。  なぜかスカートの代わりに赤地のハカマで代用しており、きらりと腰元に光る日本刀も「本格的」として評判よし。  硬派な態度と『シラネーヨ!』という決まり文句が好評。  あまりサービスの良くないところが“通好み”なのだそうだ。   二人目は、自称「天才」こと貂斎たん(てんさい)だ。もちろん、永遠の17歳。  雪の上にて行き倒れになっていたところをマスターに助けられて、ここで働いている。  チビ助。でこっぱち。メガネ。ゴシックロリータ。無乳。おっちょこちょい。  と、ご愛嬌もあり、一生懸命さとサービスの良さにより、まずまずの人気を得ている。が、すぐに忘れられやすい南天もある。    さて、そんな女中喫茶バーボンを訪れる本日の”孤野夜狼ども”とはいかに。    春風と共に、颯爽たる足取りで客人は訪れた。  ボーイッシュを越えた男装に、色鮮やかなる花束を携えて…。 「やおう! マイ“はにゃーん”ガール獅羅姉、このイタチさまが会いに来たぞ! 」  ダーン! ガラリン、ゴロリン。  騒々しい「来客」の知らせに、マスターはそっぽを向く。  そして静まり返り、何事もなく時の流れるバーボンであった。なお獅羅姉はお里に帰っており、貂斎たんはアメを買いに行っている。  あ然として、へたり込む。  通称「伊達男(イタチガイ)」こと伊達マチコ、いきなり玉砕とロクでもない初陣となった。享年、永遠の17歳である。 「あの、お客さまー? 」  猛虎姉、放っておけば良いモノについ話し掛けてしまう。 「ん、おにゃのこの声…? てめえ、女か! 」  伊達はすぐさま立ち上がり、エモノを睨むような視線で迫った。花束を片手に。  そしてマジマジと見定めて―― 「ごめん、俺様の趣味じゃねーや」  いますぐ殴るべきか、帰り際に殴るべきか。それが問題だ。  落ち込んでいる伊達は、そのまま和室風の席に寝転び、だらだらゴロゴロしている。 「まあいいや、とりあえずメニューくれや」 「はーい、かしこまりましたご主人様♪ 」 「……」 「ご主人さま、何ににゃさいますかにゃん? 」 「はぁ…」  地獄の深淵に漂っているような吐息に、 猛虎姉は衝撃を受ける。揚妖狐から聞いた、裏技まで使ったというのに。  というか、薄らと泣いた。  元より彼女、あまり評判は良くないのだが新人だからとチヤホヤされて、今までのうのうと過ごしてきた身だ。  今、猛虎姉には試練というべきものが訪れたのかもしれない。  涙を払い、グッと拳を握り締める彼女であった。 「いいか、まず今時ネコミミつけて「にゃん」だなんて流行らねーんだよ、この田舎もん」  伊達、厳しい言葉とやさしい目で語る。なんとタチの悪いことか。   それどころか、当たり前のようにワシャワシャと頭を撫でてくるから心地よくなってしまい、ついマジメに聞き入ってしまう。  猛虎姉、ネコ科のサガである。 「つーか今の流行は「ぎゃ」だぞ、言ってみろ」 「ご主人さま、何にぎゃさいますぎゃん? 」 「……今のナシ」  ホッとする。その言葉は、今この時のために神さまが与えたモノのように猛虎姉には感じられた。 「だいたい、おめーは獅羅姉になにを習ってたんだよ? もっと自分らしく振る舞えば、まだ魅力的なものを――」 「えと、その、シラネーヨ、と言われちゃって…」  しばし沈黙が続く。 「お互い、苦労してんだな…」  ふと口調が変わっていて、ワシャワシャがより優しくなっていた。 「わたしもさ、こんな異端な趣味をしてるだろ? 少なくともわたしにとって“自分らしく”と”自然に”は矛盾してることなんだよね、ほら」 「……」 「人と接するのって、大変なことだけどさ。――それでも良いことある、かもよ? 」 「うん」 「なんだ、お前に分かるってのかよ、ふん」  伊達、そっと顔を背けて不貞寝する。 「泣いてるの…? 」 「うるさい、もういいから寝かせろや」 「うん、ゆっくりね…」  毛布はサービス。当店でのお昼寝は、無料です。  翌日、猛虎姉はお仕事をやめることにした。  といっても、「もう来ねえよ」なんて捨て台詞を吐いた訳でもなく、ちゃんと辞表を届けてきての話しだ。  実のとこ、辞表を書いたのは初めてかもしれない。  けど、マスターともマトモに辛いことについて話せた。なんだか、いつもより後味が良いかもしれない。    ――それでも良いことがある、これからも信じてみたい言葉だ。