揺らぐFF神話 日本のゲーム大手、最先端から転落 2010/12/30 18:37  スクウェア・エニックスが世界に誇るロールプレイングゲーム「ファイナルファンタジー(FF)」の“神話”が揺らいでいる。 最新作のパソコン版に対する利用者の不満が高まり、同社は12月10日、予定していた家庭用ゲーム機版発売の無期延期を発表。 親会社が業績を修正する事態に陥った。日本を代表するソフトの苦境は、日本のゲーム業界が培ってきた開発体制の見直しも投げかけている。 ■「水準に達せず」社長が謝罪  「ご期待いただいている水準に達していないと、深く反省するとともに、心よりお詫び申し上げます」 10日、同社のサイトに和田洋一社長の写真とともにファンに対する謝罪文が掲載された。  謝罪する要因となったのは、9月末に発売した最新作「FF14」のパソコン(ウィンドウズ)版。 発売当初から操作性の悪さなどを指摘する声が、消費者の声を集めたゲーム掲示板などで相次いだ。  FFの大ファンという都内の大学生は「致命的な欠陥が多すぎる」と憤る。 主なものだけでも(1)キャラクターの移動時間が長い、(2)似たようなゲーム画像が多く使い回しをしているように見える、 (3)他のユーザーとコミュニケーションしづらい――などで、「ファンの需要を満たし切れていない」と指摘する。 和田社長も「(内容が)雑になっているところがあり、ゲームとしてバランスが悪かった」と認める。  FFは1987年に旧スクウェアから発売された日本を代表するロールプレイングゲーム(RPG)。 映画のような複雑なストーリーと多数のキャラクターが登場し、ユーザーがゲームを終えるのに普通何日もかかるような「大作」だ。 最先端の映像技術や独特の世界を楽しめる。前作の「13」までで、全世界の累計出荷本数が9700万本以上(10年9月現在)。  世界的にも認知度が高く、スクエニの「ドラゴンクエスト」、カプコンの「モンスターハンター」と並ぶ 日本を代表するゲームソフトになっている。  人気ソフトの最新作は、特定のゲーム機に対応することが多いが、「FF」は複数機種に対応できるほど、強いブランド力がある。 現在のファンは、空前のヒットを記録した「11」の熱心なファンが多く、それだけに要求する水準も高い。  ウィンドウズ版に加えて、家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)3」版を来年3月に発売する予定だったが、無期限の延期を発表。 PC版の月額無料期間も延長した。「バージョンアップなどの改善を優先させる」(スクエニ)と決断。 ファンから“FFのカリスマ”とあがめられる田中弘道プロデューサーを退任させるなど、開発体制の見直しにも着手した。 競合他社の幹部は「看板ソフトで社長自らが謝罪し、修正の意向を発表することは、極めて異例」と、一様に驚きを隠せない。  PS3版販売延期による業績への影響も大きい。スクエニの親会社、スクウェア・エニックス・ホールディングスは16日 FF14の収益の押し下げなどから2011年3月期の連結純利益が前期比89%減の10億円 売上高が従来予想を300億円下回る32%減の1300億円になる見通しと発表している。  だが、「業績以上に、今後のFFの未来が心配」という声もゲーム業界ではささやかれる。 その根底にあるのは、ゲーム業界における開発、市場環境の構造的な変化だ。  1980年代の任天堂のファミコンに代表される家庭用ゲーム機。日本はゲーム産業の発信国であり 「スーパーマリオ」などの人気タイトルとゲーム機を海外に輸出、任天堂の宮本茂氏といった著名クリエイターを排出してきた。  任天堂とソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が新型ゲーム機を5〜6年周期で開発。 それに、スクエニやセガ、バンダイナムコゲームスといった大手ソフト開発会社が大型タイトルを提供するビジネスモデルが確立され 世界市場を国内勢が独占した。 ■日本勢、開発の効率化で出遅れ  ゲーム機のグラフィックや機能が高度になるにしたがって、開発規模も拡大。 大型タイトルの場合、開発期間に5〜6年、200〜300人規模の開発チームで数十億円を費やす水準にまで拡大した。 技術的なノウハウが必要とされるプログラミングや描画など様々な“匠(たくみ)”となる人材を日本勢は育成してきたが 「FF」は、その日本型ゲーム開発モデルの象徴的な事例だったと言える。  だが、90年代後半、最初の変化が起こった。米国や欧州勢の台頭だ。 折しも、SCEがグラフィックなどを高性能にした家庭用ゲーム機「プレイステーション」を発売していた。 高性能なゲーム機に対して、海外勢が着手したのは、ゲーム開発の徹底した効率化だ。 他のゲーム機への移植も複雑な動画の描写も短期間、低コストでできるシステム=「ゲームエンジン」を開発を優先させた。  そうしたエンジンが生み出されることで、特別な技術者を大量に抱えなくても開発が容易となる。 企画、開発、検査などの工程を完全に分業にすることで、生産性を高めていった。 日本のスタイルは、名物プロデューサーなどの幹部の権限が強く、全体を把握しなければならない。 それゆえに、時間や人件費などのコストもかかる。 マーケティングなどの販売戦略よりも、クリエイターの世界観などが優先されるケースも目立つ。 6月、米ロサンゼルスで開催された世界最大のゲーム見本市「E3」で、大きなブースを構えるのは 米エレクトロニック・アーツや仏UBIソフトといった海外勢ばかり。 中には、米ディズニーが誰もが知るキャラクターを掲げて、自社ゲームをアピールしている。  その光景を目の当たりにしたゲーム会社役員は「日本勢は高機能化の流れに完全に乗り遅れてしまった」とため息混じりに話す。 9月に開催された、見本市、東京ゲームショウでも欧米だけでなく、PC向けの中国勢なども目立つようになった。 90年代初頭まで世界のゲーム市場の約70%を占めていた国内勢は、現在は30%にまで低下している。 ■ネットワークの誤算  家庭用ゲーム機業界にとって2つ目の波は、2000年代前半からの急速なネットワーク化だ。 以前は自宅で一人何時間もかけてゲームを楽しむことが一般的だった。 だが、ネットの普及によって、離れた知らない人ともネットをつないで、ゲームが楽しめるようになった。 中国や韓国などアジア勢が切り開いたパソコン向けのゲーム市場だ。  スクエニは2002年に発売した「FF11」でいち早くその波に対応したはずだった。 コアなゲームファン同士がネット上でFFを楽しむスタイルを確立した。  一方で、ネットの台頭は、利用者のクチコミでゲームの善しあしを、あっという間に世に知らしめる。 FF14でファンの間で最も話題になったのは、どれぐらいの利用者がFFを利用しているかを確認できるネットを利用する際のサーバー。 ファンにとっては、それを確認することによって、その時間帯にFFを利用している人の盛り上がり具合を見て取れる。  ファンの不満が噴出し、利用者が離れ始めたころ、スクエニはサーバーを確認できる機能を取りやめた。 「ファンに対して不誠実なことが多すぎた」(都内の大学生)。 和田社長はファンの要望に応えられなかった要因を「開発チームのコミュニケーションが欠落していたこと」と分析する。 だがネット上にあふれるゲームの評判や、ファンの要望を取り入れていくスタイルは、今やゲーム産業では不可欠になっている。 ■ソーシャルゲームが主役に  交流サイト(SNS)内で人気が急上昇するソーシャルゲーム。SNS上の友人と交流しながら 農園を育成するゲームや釣りなどの簡単なゲームを楽しめる。  その筆頭であるディー・エヌ・エー(DeNA)の開発人員は一ソフトでたった2人。 携帯電話での利用が多く、ゲームが簡素という理由もあるが、開発期間も3カ月程度だ。むしろ開発の本番となるのは「配信後」。 しばらくは、利用者の集まる時間帯やシナリオ、サイト上にあふれるクチコミを分析し、ゲームの修正を施していく。  逆にこのクチコミで火が付き、ミクシィ、グリーも含め各社のトップに位置する人気ゲームは利用者数が500万人を超えるものもある。 たった数年で成長したこれらのSNS各社は、スクエニをはじめとした大手ゲーム会社を時価総額でも超える規模に達している。  ゲーム専門誌発行のエンターブレイン(東京・千代田)によると、2009年の国内家庭用ゲーム市場規模は08年比6.9%減の5426億円で 2年連続で縮小。10年も苦戦が続いている。  今では、日本のRPGは米国では「JRPG」と古くさいゲームとしてやゆされることもある。 とはいえ10年3月に海外で発売されたFFの前作「13」は米国でも注目を集めている。 同社の技術であるキャラクターの繊細な描画やストーリー性は世界でも根強いファンが多い。  かつてのように、一部の開発者だけしか作れなかったゲームは、異業種や素人でも作れるようになった。 その分、ゲーム会社が求められるハードルも高くなっている。  長年、そのハードルをクリアし続けてきたスクエニ。 FFは今後、中国市場での展開も控えている。これまでのノウハウを生かし、新しい“ネットユーザー”に合わせたビジネスモデルを築けるか。 日本のRPGをけん引してきた同社の行く手には、一段と深い迷宮が待ち受ける。 (産業部 花井悠希)